Paul Langevin's 1908 paper

 

 ポール・ランジュバン

  (1872-1946)

 

 

 

 

 

 1.ポール・ランジュバン氏

 フランスの著名な物理学者です。今日、霧を噴出す超音波式加湿器に使われている圧電素子(方式が違いますが)の研究でも彼の名前が残されています。ランジュバン型振動子は、圧電式振動カッターや圧電式洗浄器等に使用され、一般的に高出力向きです。

 さて、第一次世界大戦中、かれはいち早くソナーの研究を手がけ、更にアインシュタインの相対性理論を強く支持し広めることにも大きく貢献した人でした。

 アインシュタインは彼について

“もし、自分が発見しなかったとしたら、かれが特殊相対性理論を確実に発見しただろう。というのは、かれは明らかに本質的な点を理解しているからだ。“

と賞賛しています。

 ランジュバンは教育することを愛し、それに大変優れていました。

 一方、彼は科学者マリー・キュリーとの関係をスキャンダルとして新聞に公表されたことに憤慨し、編集者テリーに決闘するよう挑戦状を出します。挑戦状は受け取られますが、テリーは“高貴な精神のフランスの科学者を奪うことを”望まないと言い、撃ち合いには至りませんでした。

 第二次世界大戦の初めに、ランジュバンは反ファシストとして平和活動家となり、フランス共産党に入党します。

 1940年、フランスはナチスに蹂躙され、彼は逮捕されます。その後、ビシー政府のもとで収監されていましたが、ついにはスイスへの脱出に成功します。

 かれは1946年に亡くなりますが、フランス政府から大きな名誉を授与されて埋葬されました。

 正に高貴な精神と、正義と愛への情熱をもった稀な科学者といえましょう。  

 尚、同時代のフランスにはパルチザンとしてナチスと戦い、戦火の中で若くして命を落とした哲学者シモーヌ・ヴェイユ女史がいたことを忘れることはできません。彼女の手記や著書に内包される精神・思想は、現在も研究され出版され続けています。

 優れた学者でありながら、祖国フランスを守るために命を賭けたかれらの気高い精神に敬意を表したいと思います。

1908年の論文とは?

2.Mr.マスカートによる解説

アルバート・アインシュタインが、ブラウン運動における彼の画期的な論文でランダム過程の現代的な学問の口火を切った3年後の1908年に、フランスの物理学者でアインシュタインと同時代のポール・ランジュバンは、非常に異なっているが、同様にブラウン運動のうまい説明を考案した。

2つの説明は、数学的には性質の異なるものであるが、物理的には同等の手段で、重要な連続的ランダム過程の重要な段階の研究のための一般論を述べたものである。

 ランジュバンの業績は、アインシュタインのそれと同様に現在も生き続けており、広く参照され、議論されている。アインシュタインの論文は英語で容易に入手できる一方、ランジュバンの論文はまだ入手できない。

ここに、われわれがこの重要な一次資料を提示する。ブラウン運動へのランジュバンのアプローチは、彼自身の言葉によると、アインシュタインの論文よりも“非常に、よりシンプルな”ものである。

実際に、彼の論文は、明らかによりシンプルであり、この理由から問題の入門として魅力的である。

 一方、アインシュタインは、原因となる仮説から始め、ブラウン粒子の確率密度の時間的な進展を支配する、偏微分方程式(即ち、フォッカー−プランク方程式)を導き、解いた。

  ランジュバンは、ニュートンの第2法則を代表的なブラウン粒子に適用した。この方法で、ランジュバンは、ランジュバン方程式と今日呼ばれる、確率論的な物理学の“F=ma”を創案した。今日、ランジュバンのアプローチの明白な平易さは、変わった特徴を持つ新たな数学的対象を存在の中に押しこめる犠牲を払って得られたことは明らかである。ランジュバンが、注意し且つ直感的にこれらの対象(ガウス型ホワイトノイズと確率微分方程式)を巧みに扱う一方で、それらの本来の特性は、今や発展し広く適用されてきた。

  かくして、ランジュバンの1908年の論文は、新しい物理学と同様に新しい数学をも示唆した。

ランジュバン方程式とフォッカー−プランク方程式は共に連続の物理学、マルコフ(即ち、無記憶の確率的)過程を記述する。事実、アインシュタインとランジュバンは彼らの尊敬すべき理論を同じ結果を得るために用いた。

二乗平均したブラウン粒子の変位は、時間の平方根とともに増加する

それにもかかわらず、ブラウン運動に関するランジュバンの分析は、わずかにアインシュタインよりも一般的で正しかった。特に、ランジュバンは、速度空間に散在するブラウン粒子を押す、確率的な力(彼の言葉は“相補的な力”である)を導入した。一方、アインシュタインは位置座標空間での完全な作業をおこなった。

 ランジュバンは、オムシュタイン−ユーレンベック過程としてブラウン粒子の速度を、また、その速度の時間積分として位置を記述した。一方、アインシュタインは、ドリフトの無いウィーナー過程としてその位置を記述した。前者は、後者を包含する理論であり、特別な“疎視化”の限界内でドリフトの影響を減らしている。

論文の概要について

3.M.マスカート氏の解説

ランジュバンの論文は見出し無しの3部に分けられる。

かれのブラウン運動の分析は、“そして、更にその上、・・・の証明を与えるのは容易である”の字句と共にパートⅡの最初の文で始まり、そして、パートⅡの終わりへと続く。

この分析は、自己完結しており、彼の論文の大部分を構成し、今日の物理学者にもっとも興味あるものだろう。

しかしながら、注意深い読者は、パートⅠとⅢの出典に関するランジュバンの特性評価が問題を含むことに気付くだろう。

  ブラウン粒子の変位を意味するの正しい形式と量的な検証については未

解決である。

パートⅠでは、ランジュバンは、ランジュバンの方程式(1)で報告される の関数形式を引き出す後半で、アインシュタインの2つの論文を参照して

いる。

パートⅡでは、ランジュバン自身の解析が方程式(1)を再び生みだす。

これは非常に明確である。

 

一方、スモルコフスキーは、“(1)と同じ形式の表現の   を得ている

が、係数64/17の点でそれとは異なった”別の理論を使用している。スモルコフスキーの理論は、アインシュタイン/ランジュバンの式(1)で予言されるものより、係数64/27より大きいかまたは係数27/64より小さい    の値を予言するのだろうか?

もしこの翻訳にここでわずかに曖昧さがあるとしても、ランジュバンのフランスでも同様の曖昧性が反映されるにすぎない。

自然に読めば、スモルコフスキーの予言はアインシュタインとランジュバンの係数64/27よりも大きいのである。

スモルコフスキーの論文の精査はこの説明を確認するものである。われわれは、問題を引き出すためにこの詳細を簡単に述べる。

 

パートⅢでは、われわれは、スベドベリのそれらと、明らかにこれら、“式(1)で与えられるこれらと凡そ1:4の比だけ異なる” 理論を比較することで、ランジュバンを有効にする実験結果のみを見出す。

繰り返すが、自然な説明は、スベドベリの測定がアインシュタイン/ランジュバンの式(1)によって予言された大きさの1/4のの値と一致するこ

とである。

 

理論と実験の間のそのような相違は、おそらく新たな分野においては例外ではない。しかしながら、ランジュバンは、スベドベリの実験結果は、文の後半から引用すると“M.スモルコフスキーの式で計算したそれに近い”と言い続ける。これをどうすべきか?

スモルコフスキーは、スベドベリがアインシュタイン/ランジュバンの式(1)のそれより小さいを測定するかぎり、二乗変位 は、大きいと

予言する。

だが、スベドベリの結果は、スモルコフスキーにより予言されたそれらにより近いと思われる!

明らかにランジュバンはこのケースを誤って述べている。

如何なる方法なのか、如何なる理由なのか、まったくわれわれにはわからない。

 もし、われわれがランジュバンの解説のあら捜しをしなければならないとしたら、われわれは彼の物理学を賞賛することになる。

そもそも、ランジュバンは、たとえスモルコフスキーの理論が健全であろうとも、それに関するかれの計算結果は誤っている、ということを発見した。ランジュバンはスモルコフスキーの計算の誤りを正し、疑わしい係数64/27無しでも式(1)を引き出せることを見出した。

ランジュバンはまた、スベドベリのの測定が直接でないこと、及び後

半で、観測されたブラウン粒子はおそらく小さすぎて、式(1)が依存するストークスの方程式を呼び出すしかないことをはっきりと認めた。

幸いにも、ランジュバンは、創られた無効な理論と無効な実験の収斂よりも、彼とアインシュタインのよく動機付けされ、よく履行された理論に信頼を置いていた。

  本文 第一部

Ⅰ.ブラウン運動の現象により示される大変理論的な重要性が、M.Gouyによりわれわれの注意を引き付けてきた。

われわれが、熱的な分子の振動の影響で液体の中で引っ張られる粒子のこの連続した動きの中に観測した仮説を明白に定式化できたのは、また、少なくとも定性的な方法で、ブラウン運動の完全な永久性と外力が重要ではないことを示すことにより、(後者は環境温度を変えない場合、)これを実験的に証明できたのは、この物理学者のおかげであった。

   この理論の定性的な証明は、最近、粒子の半径a、液体粘性μ、絶対温度Tの関数として、液体中のブラウン運動の結果を与えられた方向xにおける球状粒子の変位⊿xの二乗平均 、与えられた時間τで、予言することを許す式

を与えたM.アインシュタインにより可能となった。

この式は次の通りである。

 Rは、理想気体定数

 Nは、アボガドロ定数

 

 スモルコフスキーは、彼が公式を与えた2つのうまい証明で、M.アインシュタインにより使われたそれらよりもより直接的な方法で同じ問題にアプローチしようとした。

そして、彼は、64/27とは異なるが、(1)と同様の形式の の表現を手に入れた。

 

 本文 第二部

Ⅱ.第一に、M.スモルコフスキーの理論の正しい応用がM.アインシュタインの公式を正確にリカバーするよう導くこと、また、その上全く異なる理論により永久に、より簡単になる証明を与えること、が容易になるということを、私は決定できた。

出発点は昔のままである。熱平衡時の系のさまざまな自由度の間の力学エネルギー等分配則は、如何なる液体に引っ張られる粒子も、与えられた方向で同じ温度でどの種類の1気体分子のそれにも等しい平均力学的エネルギー RT/2N をx方向にもつ、ということを要求する。

  もしξ=dx/dtが与えられた瞬間の、考えられる方向の1粒子の速度とすると、それが平均した質量mの莫大な数の個々の粒子に拡張される。

液体分子間の平均距離と非常に相対的で、速度ξで運動しているとわれわれが考えているような1粒子は、ストークスの定理による6πmaξ−に等価な内部の抵抗を受ける。

 

事実、周辺の分子との不規則な衝突が原因でx方向の運動方程式が(3)であるという影響により、この値は、粒子を載せる液体の作用が前述の値のあたりで振動することを意味するにすぎない。

相補的な力Xについては、±の偏りの無いこと、その大きさが粒子の攪拌を維持するようなものであることをわれわれは理解している。

 

xを掛けた方程式(3)は(4)のように書ける。

   (訳注) (4)の導出方法について

より、

となり、(3)の両辺にxを掛けた左辺は

となる。また(3)の両辺にxを掛けた右辺の第一項は

であるから、代入して

が導出される。

こうしたエレガントな方法でブラウン運動とニュートンの第二法則が結び付けられる。ランジュバンの深い洞察力と直観力のすばらしさが伺える。

  (訳注終り)
もしわれわれが、大量の同じ粒子を考え、それらの個々を書いた方程式(4)の平均を取るならば、Xxの平均値は相補的な力Xの不規則性から明らかにゼロである。

よって  Xx=0と置くことにより、

 

となる。

この一般解は

  

である。

   (訳注)  

の両辺をm/2で割り、さらに(2)とXx=0から

 となる。

ここでとおきかえると となる。

更に、k1=6πμa/m、k2=2RT/mN とおくと

−①

として、1階線形微分方程式(非同次方程式)が得られる。

ここで積分因子 を①の両辺にかけて積分すると、

C:積分定数)

即ち、より と解が求まる。

ここでk1、k2を元に戻すと

 

が得られる。

初期条件t=0のとき変位量=0とするとz=0となり

 

よって

 

と一般解が出る。

さて、ここでk1=6πμa/m を計算してみる。

μ=0.8×10-3 [Pas]、粒子直径a=1[um]=1×10-6[m]、粒子質量m=1×10-15[kg]とすると

k1=1.51×107 より

t=1usでe(k1t)=3×10-7 と非常に小さい値をとるので、1−e(k1t)≒1 としてよい。

その結果、z=5.5×10-13となる。

(尚t=1ns程度ではzの値は10-15オーダーで更に小さくなる。)

よってzの近似式

 

が導かれる。

  (訳注終り)
それ故に、粒子は攪拌における定数比(定速度)を有する。

よって時間τの間の変位は次のようになる。

粒子の変位⊿xは次により与えられる。

そして、これらの変位は±の偏りが無いので、

ゆえに公式(1)と同じ結果となる。

 本文 第三部

Ⅲ.実験的な検証での最初の試みは、まさにM.T.スベドベルグによって、約1:4の比によるだけの公式(1)によって与えられたこれらとは異なる結果をもたらし、スモルコフスキーの公式で計算したそれに近い。

M.アインシュタインの公式の2つの新たな証明の内の1つは、M.スモルコフスキーによって始められた方向に従うことで私が得たもので、これは明らかに無視し、後に変更を提案されていたように思われる。

 

さらに、M.スベドベルグが実際には公式に現れる の量を測定してい

ないという、また新たな計測と呼ぶ、彼が観測した極微の微粒子の直径の実 測の不確さ、という事実に表れている。

 

 このことは、むしろ、かれが精密な測定をより容易にするような微粒子を作るべきであったこと、また、流体の慣性の影響を無視するストークスの公式の適用が、確かにより合理的であることを示すのである。

 

  

 

 

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