新・Benham's disk/ベンハムのコマ

 

 チャールズ・ベンハム

  (1860-1929)

 

 

 

 

 

 1.チャールズ・ベンハム氏

 ベンハム氏はイギリスのジャーナリストで、後に週間新聞の出版をも手がけました。またアマチュア科学者兼発明家であり、科学誌ネイチャーへの熱心な投稿者でもありました。中でも1894年出版のネイチャー誌に掲載された発明、ベンハムのコマの発見で彼は大きな賞賛を得ました。
 一方、16世紀に活躍した天文学者ウィリアム・ギルバート氏が少々これに似た発見をしていたようですが、偉大な彼の評価を守るためベンハム氏はエッセーを寄稿しています。”ギルバート氏の実際の発見はほんのわずかで未完成なものであったが、は彼の業績によってこそ一層評価されるべきである”と。

 ベンハム氏は大学で専門知識を学んだ人ではありませんでしたが、知への飽くなき探求心と先駆者への畏敬の念を忘れない立派な人柄が伺えます。後に出身校(コルチェスター王立グラマースクール)の校長も勤めました。

(From Wikipedia, the free encycropedia 訳+α)


図2:ベンハムのコマ の模様の例

2.以外な所でも掲載されていたベンハムのコマ

  ベンハムのコマと呼ばれるコマの表面には特殊ではありますが、比較的単純な白黒模様が描かれていて何種類もあります。(図2)

 (From 東工大 ScienceTechno)

 

この模様はファインマン物理学の「色と感覚」でも紹介されています。(何故かその名称は出てきませんが・・・)

背景色と記憶と目による細部の補償についてファインマン教授が触れています。

 

 

 
図3_1:RMF.ステラー


図3_2:模様を切り出し、セット
3.準備します

ベンハムのコマの模様(図3_2)をいくつか切りだして準備します。
RMF.ステラーの外観を図3_2に示します。磁気センサ出力をカウントして正確に表示することができます。また回転速度はボリュームで調整できます。さらにサンプリングを1秒/10秒と切り替えられますので、10秒では時間はかかりますが1回転単位のカウントとなり、1秒では10回転単位のカウントとなります。最初は1秒に設定します。
 では、RMF.ステラーの上蓋をはずします。円形金属の回転部分が露出しますので、ここに切り出した模様を両面テープでなるべく中心に貼り付けます。
 後は電源を入れるのみです。


図3_1:約300回転。それらしい模様と色が突 然発生。ゆっくり回転している。 


 

図3_2:更に速度を上げた場合

3.回してみよう

まずは実際どのような現象が起きるのかRMF.ステラーにより実験してみます。

 

 ・ボリュームは左一杯(Lの位置で最小。ゼロ回転)に絞っておきます。

 ・電源アダプタをコンセントに接続します。

 ・図2右下のボリュームを時計回りにゆっくり回し、回転数を徐々に上

 げていきます。  

・約300[min-1]で同心円上に何層かにわたり模様が交互に現れて

 ゆっくり回転し始めました。(図3_1)

・良く見ると、黄色と緑がかった色が確認できます。 

・更に回転を上げると模様も色も消えました。(図3_2)

 が、良く見ると何かクロス状に模様があるようにも見えます。

 約360[min-1]位です。

 

他の模様では色がはっきりとは確認できませんでした。これには個人差があるとのことです。




 

4.考察

目に光刺激(白色光)を一定時間与えたときの感覚応答を図4_1に示す。

t1:反応がない期間で潜時    (latency time)と呼ばれる
t2:急速に反応し、50ms〜0.2sでピークに達する
t3:急速に減衰
t4:一定値を保持
t5:ホールドタイム(光刺激オフ後)
t6:減衰
ここで0からt4までをブローカ・スルツァ効果と呼ぶ。
立ち上がりの早さt2とピーク値の大きさは目の順応状態と光刺激の強さによる。


さらに、Pieron(1949)によると、感覚ピークまでの時間t2は、赤、緑,青の順に早く、光の波長が長いほど応答が速いという。
図4_2から各ピーク値は、赤が約60〜70ms、緑が約100〜110ms、青が約130〜140ms程度のようである。
よって、赤→緑→青と順に感覚ピークに達するまでそれぞれ30ms程度の遅れがあるといえる。

さて、ベンハムのコマの1周には黒白模様の組み合わせが4個ある。
回転数が約300[min-1]近辺で模様が見えてくるので、
・1秒間の回転数は300[min-1]/60=5[回転/s]
・よってコマが1周する時間は1/5=0.2[s]、即ち200[ms]
黒・白のつながりを1つの模様とすると、1周に4個あるので、
・0.2[s]/4=0.05[s]、即ち50[ms]

約300回転以外では単なる残像として、白と黒の中間色灰色が見えていただけであった。これが、Pieronの視覚立ち上がり時間とは約10〜20[ms]ほどのずれがあるものの、主観色の発生タイミングに近づくと、白色光に含まれるR,G,Bの順に色が次第に見えてくるようだ。

 また円運動においては、半径r、角速度ωとすると、円盤上速度はv=rωである。円の内側に来るほどrが小さくなるので速度vは早くなる。よって円盤の内側ほど、(図4_1において)同じ刺激の下では感覚レベルが下がり、暗い色に変化すると考えられる。すると、外側は赤褐色や茶褐色で、内側ほど色は暗い黄緑色や青緑色になるだろう。
 
 今回、外側が茶褐色に近い色にはならなかったが、内側ほど暗くないことは判別できた。また回転数を変えることにより、Pieronの感覚ピーク値に近い約50msになったところで、ほぼ同様の色が発生したことは、簡単な試験ではあるが、ブローカ・スルツァ効果Pieronのグラフの示す色感覚、色知覚効果の正しさの検証につながるのかもしれない・・・

<走っている自動車のタイヤの逆回転という錯覚?>
 さて、大した高級車も無かった昔、子供にとって自動車は大変な憧れであった。(一方、ガーデントラクタの方が身近にあったのでそうでもない人も多かったのかもしれないが・・・) まあ、それはさておき、昔の車のコマーシャル中に、回転するタイヤのホイールが突然ゆっくりと回り出した後に停止して、逆回転しだしたことを思い出す人もいるのではないだろうか?
 例えば、タイヤ直径60cm(0.6m)、ホイールが白、隙間が黒の一組の4分割柄になっているとすると、感覚応答を同じ50msとすると、
・一周する時間:50ms×4=200ms
よって、タイヤは1秒間に、5回転する。さらに、1秒間に5回転なので車の進む距離は
・2π×0.3×5=9.4m
時速にすると、9.4m×3600s≒34km
となり、撮影は30〜40km/hで行われたのであろうと推測される。
 撮影中も時速は微妙に変化するであろうから、感覚応答時間とのずれが位相の変化となるはずだ。よって、位相速度の変化によりゆっくり回転するように見えたり、逆位相になれば当然逆回転することにもなる。
子供の頃、誰に聞いても答えを教えてもらえなかった、というよりは誰も解らず、錯覚で片付けられていたことが、実はそうではないことがここに判明する。

 

 

 

参考:サイバネティックス  (既に絶版です)

 

5.知の探求者たち

さて、過去に著名な物理学者がこれに興味を持って分析を行った例があります。

何故色が見えるのかについては、ヤングヘルムホルツによって説かれた3色説を基本として、現代では更に発展させた近接視細胞による相互影響や連動などが指摘され体系化されています。

一方、ヘリングによる反対色説もあり、物質色により光の特異な波長領域において化学反応(分解反応)が起こることを指摘し、網膜の黄青物質、赤緑物質、白黒物質は各々のスペクトルをもつと説いています。

が、これ以上詳しい説明は困難なのでここでは省かせていただきます。更なる理解を求める場合は文献(岩手大学の先生の研究など)をお勧めします。 

ただここで驚くべき事は、物理学界では有名なヤングヘルムホルツが研究を行ったことです。

同じ物理学者の(朝永氏、シュインガー氏と共にノーベル賞を受賞した)ファインマン教授が著書「ファインマン物理学」の中でページを割いていることからもその探究心には実に敬服するものがあります。

 

もっとも1950年頃といえば、ノーバート・ウィナー博士(18歳でドクター取得/バートランド・ラッセル教授に師事)が発表した「サイバネティックス」(初版)があります。

初版から二版にいたる14年間に明らかになった点等は、本人もさることながらスティーヴン・ストロガッツ氏の「SYNC」でも解説されていますが、「サイバネティックス」を読むと、制御工学(フィードバック)と脳や神経系医学、情報理論と物理学(情報の蓄積と量子力学の縮退との関連への直感は実に面白い)、社会や哲学とフィードバックの関連等々といった広範な分野について、優れた数学的直観力を駆使して研究していますから、ファインマン博士も熟読しさまざまなインスピレーションを受けていたのではないでしょうか?


最後までお付き合いいただきありがとうございました。


参考文献:色彩学の基礎、山中俊夫著(1997)、他。 

 

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